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イサクの燔祭(はんさい )

イサクの燔祭

アブラハムに一人息子のイサクを生贄として捧げよと神が直々に命じた。イサクの上に刃物を振り上げた瞬間、天から神の御使いが現れてその行為を止めた 。

(Wikipedia『イサクの燔祭(イサクのはんさい)』より)




まず、これは旧約聖書の比喩であり、実際に起きたことではないから、何とも言えないけれど、生贄を神が命じたことではないというのは明らかです。神は我が子だけではなく、他人や動物や虫でさえも、殺しなさいなどと決して言いません。

この比喩は、アヌンナキの神(偽神)が命じた生贄であって、アブラハムの行為を止めた天使もまた、アヌンナキということになるでしょう。神のために我が子を殺めるほどの信仰心があるからこそ、アヌンナキの神に選ばれ、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の祖となれたということでもあるし、また、ここまでの強い信仰心がなければアヌンナキの神には選ばれないということでもあります。

では、イサクの燔祭(イサクのはんさい )の比喩を、アヌンナキの神ではなく、本当の神に当てはめたら・・・って? まず神はそんなことは決して言わないけど、アブラハムの行為を止めに入った天使は、人間の「良心」となり、自分で自分を制したことになります。「人間の良心=神」でもあるからです。

たとえあなたの信じる神に殺しなさいと命じられても、自分の子供や家族だけでなく、他人、動物、虫にいたるまで、殺される相手の身になれば、「尊い命を奪うなんて、できません」と思うでしょう? 誰にどんなことを言われても殺せないはずです。

生贄や殺すといった行為は、みなさんの暮らす社会では非日常であるので、理解できたつもりになるのは簡単ですが、日常的な「悪口」もそうです。誰かを殺しはしないけれど、神の名の元であれ、なんであれ、人の悪口を言った人は、みんなからの同意を集めて、少しはそこから快楽を感じるでしょう?ネガティブなエネルギーを発して、快楽を感じていることをエゴだとは疑わず、正しい心からの行いだと思っているし、悪口を言われる人は、みんなからの罰を受けて当たり前だと思っているでしょう。それを自分の中の神の行為だと思っているようですが、神などではなく自分の中のエゴなんです。

「こんなの初級の初級の当たり前だと思って、今まで話をすすめていた。 
ここまでみんな分かってなかったんだ・・・。
今まで(旧)ブログで伝えたことを、みんな分かってないんだ・・・」


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