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日本人が、ロボットと心のコミュニケーションを取り始めています

日本でのロボット化が目まぐるしく進んでいます。

従来のように、製造ラインでただ人間の命令に服従するだけの、単純作業をするロボットではなく、人工知能(AI)を持つ協働型と呼ばれる、人間と共に仕事をするロボットを導入する日本の会社が増えています。これは、米欧企業を追い抜く日本の新事業システムとなるのではないかとさえ言われているようです。

ロボット

欧米諸国と大きく違う点は、協働型ロボットと働く日本人は、じょじょにロボットに愛着を感じ、ロボットを頼りになる同僚(人間)として身近に感じていることです。



 産業用ロボットでは日本の安川電機が市場シェア1位、次いでスイスのABB社が2位と日欧のメーカーがトップを走っているが、ソニーのAIBOやホンダのASIMO、ソフトバンクのPepperのようなエンタテインメントロボットは、先に述べたように日本市場が中心であり、供給企業もほとんどが日本企業だ。なぜ、エンタテイメントロボットブームは日本以外では起こらないのだろうか。

 どうやらロボットを愛らしいもの、可愛がる対象として見るということ自体が、欧米の人にとってはやや異質のようである。

 ハーバードビジネススクールのビジネスケース教材に過去のソニーのAIBOの事例があるのだが、そこでAIBOは失敗事例として描かれ、なぜロボットを愛玩動物に見立てるのかと疑問を呈している。いまだに古いAIBOの修理ビジネスが成り立っていたり、壊れたAIBOのお葬式まで出してしまったりする日本の状況とは、大きく異なる。

 この違いは、日本と欧米とのロボットに対する感覚の違いによるものかもしれない。日本では古くから『鉄腕アトム』や『ドラえもん』に代表されるように、ロボットは独立した個性であり、ある種人間と対等な存在として、人間の相棒や友達になっている。

 一方欧米では、『ロボコップ』や『アイ,ロボット』などの映画で描かれているように、ロボットは人間に服従させるべき対象であり、時に人間に反抗する危険性をはらみ、人間とは対等ではない、というロボット観が一般的である。そもそもロボットに、相棒や友達としての役割を求めていないのだ。

(週刊ダイアモンド『欧米とは真逆な日本の「ロボット観」が生産性革命で見直される理由』より)




アザラシ型の精神的なセラピー効果を目的にした「パロ」を、老人保健施設に導入すると、日々、テレビの画面を眺めるだけの無表情だった老人が笑顔になり、自発的に話しかけることが多くなったり、重篤でほとんど身動きがとれない小児患者に、パロに添い寝をさせると、安心した穏やかな顔になって、パロと遊びたい、触りたいという感情が高まり、動かしにくい手でパロをよしよししようとするのだそうです。

パロ

介護ロボットを導入する家庭も増えてきています。そのロボットが家族の心のよりどころになり、なくてはならない存在になっているという家庭もあるそうです。

こんな風に日本人が、ロボットと心のコミュニケーションを取り始めています。

それは、なぜでしょう?
そして、なぜ日本人なのでしょうか?

これは、先日の記事『人間に改良され、野生では生きられなくなった蚕(カイコ)』に続く質問になります。答えをシェアする場がありませんが、どうぞ、考えてみてくださいね。

ヒントは、ロボットと心のコミュニケーションを取ることよって、アヌンナキからのマインドコントロールから離れていること。そして、アヌンナキのマインドコントロールからの防御(というより、免疫?)が作られていることです。

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