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天と神は違うもの

「天」「神」は違うものです。

神には感情のような意識があるけれど、天には意識がありません。

神の計画は変えることができるけど、天の計画は変えることができません。

たとえば、あなたが銀行に住宅ローンの申し込みに行ったとしましょう。
担当の銀行員さんは、あなたの事情に耳を傾けて、
「ちょっと難しいかもしれませんが、でも、審査に通るようにがんばってみますね」
と、言って、コンピューターにデータを入力をはじめます。

入力を終えてしばらく経つと、銀行員さんは残念そうな顔をして、
「申し訳ございませんが、却下と出てしまいました」と、あなたに言います。
それを聞いて、とても困っているあなたの様子を見た銀行員さんは、
「じゃ、じゃあ、ここの金額はどうにかなるかもしれませんから、ちょっと変更してみましょう」
と、再度入力してみるものの、やはり結果は、

「却下」

と、出てしまいます。

途方に暮れるあなたと、心を痛めて謝罪を繰り返す銀行員さんと、
無慈悲なコンピューターシステム。

この無慈悲なコンピュータシステムが「天」に当たり、
心優しい銀行員さんが「神」に当たります。

天とは、神の世界のシステムのようなもので、
神の世界のアカシックレコードやスーパーコンピューターに当たるということ。
そういった意味で、神は天には逆らえないのです。

銀行員(神)は、可愛そうなあなたをどうにか救ってあげたいと思うけれど、
システム(天)がはじいてしまうのでどうにもできないのだとか。

旧ブログでの「龍の封印を解くミッション」は、
神ではなく、天のミッションでした。

神のミッションには失敗はありません。すべては経験だからです。
たとえ失敗しても「いいよいいよ」と、神はその穴埋めをしてくれます。

けれど、天には失敗が存在します。
システムに無い出来事は却下とみなされ、
即、バックアップのプランが遂行されます。

だから人間にとって、天とは「非情」で「冷酷」だと感じるとのこと。

抜き打ちテストのような天のミッションにいきなり失敗したので、
もう次からは、天のお仕事はしなくて良いんですね?と言うと、
次回は、こういう仕事があるけどどうする?やってみる?
って、聞いてくれるそうです。

そして、やる、やらないは、私の自由意志で決めること。

天の辛辣さを経験すると、神の優しさが身に沁みます。

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