FC2ブログ

ARTICLE PAGE

前方後円墳の型をした神の乗り物と「空白の四世紀」

前回の記事『古墳の中の神とヤタガラスの卵』の続きになります。


古墳にも様々なサイズがありますが、大山古墳(仁徳天皇陵)などの巨大古墳の中には巨人の卵が入っているんですか?

仁徳天皇陵 


「巨人じゃないですね。巨大古墳の中には乗り物が入ってるみたいです。前方後円墳の型をした乗り物です。神たちはこの乗り物に乗って、大山古墳がある場所(大阪の堺市)に漂着して、人間に知識などを伝えました」


それって、古事記に出てくる天鳥船(アメノトリフネ)または、鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)のことみたいですね~!


古墳って、日本の謎の歴史「空白の四世紀」に造られはじめたということになっています。最初は小さな古墳が造られていたんですけど、それが前方後円墳のような複雑な形をした巨大古墳に変化していくので、


最初は古墳の中に、ヤタガラスや神の卵を保存して、それから前方後円墳型の乗り物を埋めたということになりますね。


この日本の謎の歴史「空白の四世紀」ですが、日本に書き記された歴史が無いので、中国の史書に記された内容から日本の歴史を知るしかなかったところ、中国の歴史文献において、卑弥呼死後の新女王、台与(トヨ)が中国に朝貢を始めたというその後の266年から413年にかけての倭国に関する記述がなくなるので、これを「空白の四世紀」と呼ばれています。


またこの時は日本全国で古墳が大量に造られはじめた「古墳時代」とも重なります。


そして再び中国の歴史文献に登場する日本には、大和朝廷が記されているんです。


「空白の四世紀」の約100年間に、邪馬台国消滅とヤマト政権誕生という大きな歴史的イベントが起こり、古墳が大量に造られたということです。


PK-PN情報によると、邪馬台国は九州の宮崎県にあったということなので、この約100年間に何かがあって、古墳が大量に造られることになり、都を奈良に移したということになりますね。

(⇒旧ブログ『癒守の地球物語「神武東征」』をご参照ください)


日本国内ではいかに考古学上貴重な場所であろうと、決して発掘調査を行うことの許されない禁断の【聖域】が仁徳天皇陵をはじめとする【古墳】で、天皇家の秘密に触れる場所がそれに当たるため、日本では「空白の四世紀」頃の時期に何があったのか、詳細が分かっていません。


この約100年間に一体なにがあったのか・・・、そのPK-PN情報は次回に続きます


↓応援の拍手ボタンのポチッも、よろしくお願いします↓
================
超意識とのつながりを取り戻す、癒守結(いしゅい)セッションを、
ぜひ一度ご体験下さい。遠隔セッションも承っております。

=================
スポンサーサイト