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古代の女神信仰が、現在の男神信仰に変わった理由と、「神との対話」のミントさん

最近やたらとPK-PNに、野生動物や昆虫のイメージを見せられているというノンモさん。


「野生動物も昆虫も、メスよりもオスのほうが外見を華やかにして生きているんです。鳥の求愛ダンスなどもそれでよく知られてますよね・・・」

派手なオスと地味なメス
▲ 大きな黄色のイチョウの羽根をもつ派手なオスに比べ、地味なメスの「鴛鴦(おしどり)」

そしてそれについて、

「本来は人間も、化粧は男性がするもので、女性はシンプルにあるべきだったんだよ。でもそれが逆になったので恋愛も狂った」

と、PK-PNが言うのだそうです。


それはまさに私のバイブル本「神との対話」に書いてある、古代の女神信仰が、現在の男性神信仰に至るまでのことなどに関係する、私がPK-PNにお聞きしたかったことかも!ノンモさん、読んで下さいますか?




(下記はすべて、ニール・ドナルド・ウォルシュ著「神との対話 (2)~(3) 」からの抜粋になります。長文です)


質問者:そうはいっても、悲しくなりますね。女性の方が優れているのかな、という気がしますよ。女性の方が、男性よりも「まともなんだ」と言われているようです。


生命のリズムの輝かしさのひとつは、陰と陽があることだ。

「存在」のある側面が、別の側面より「完璧」で、より「良い」ということはない。どちらの側面も単に ― すばらしいことだが ― ひとつの側面に過ぎない。男性もまた、神性の別の側面を体現しているし、女性はそれをうらやんでいる。

それにしても、男性であることは試練だと言われてきた。あまり長い間男性でいると ― つまり、自分の愚かさに苦しみ、自分が創造した災いを通じてひとを苦しめ、ひとに苦痛を与え続けたために自分が嫌になってくると ― 攻撃が理性に、軽蔑が同情にかわり、いつも勝ちたいというのではなく、誰も負けなければいいと思うようになる。そのとき、あなたは女性になるのかもしれない。

力は「正義」ではない。強いというのは、力を振るうことではなく力を持っていることだ。それがわかったとき、女性の身体をまとうのに相応しくなるのかもしれない。つまり、女性なるものの粋(すい)をついに理解したということだから。



質問者:それじゃ、やっぱり女性の方が、男性より優れているんですね。


そうではない!男性と女性はどちらかが「優れている」のではなく、「違う」のだ!ただそれだけだ。良いとか悪いとか判断しているのは、あなただ。客観的な現実には、良いも悪いもない。いまのあなたがあり、こうありたいと思うあなたがある。それだけなのだよ。

寒いより暑いほうが良いわけではない。下がるより上がる方が良いのでもない。それは前にも言ったね。すべては、あるがままに存在する。あなたがあなたであるように。

しかし、どんなものにも制約はないし、限界もない。あなたはこうありたいと思うようになれる。

自分が望む経験を選びなさい。この人生で、そして次の生で、さらにまた次の生で、過去の生でしてきたように、選びなさい。それぞれのあなたに選択の道が開かれている。それぞれが「すべて」でできている。誰のなかにも男性がいて、女性がいる。自分が望む表現をし、経験をすればいい。だが、あなたの前にはすべてが開かれているのだということを忘れないように。



質問者:まだ、話題を変えたくありません。もうしばらく、男性と女性というパラダイムについて話していたい。一冊目の対話の最後で、セクシュアルな側面について詳しく話してくださると、約束なさいましたね。


そう、セックスについて話そうか。


質問者:それはいいなあ。だが、もとの質問に戻っていいですか?


よろしい。わたしが2つの性を創ったのは、すべてに、宇宙全体に「陰」と「陽」を与えたのと同じ理由だ!男性と女性、これも陰と陽だ。あなたがたの世界での、最も高度な生きた表現だ。

男性と女性は・・・かたちに現れた陰と陽だ。陰と陽のたくさんの物理的なかたちのひとつだ。陰と陽、こことあそこ・・・これとあれ・・・上下、寒暑、大小、遅速―物質と反物質・・・。

すべては、あなたが知っている生命を体験するために必要なのだ。



質問者:どうすれば、性的なエネルギーをうまく表現できますか?


愛を込めて、開放的に。明るく、楽しく。

思い切って、情熱的に、神聖に、ロマンティックに。

ユーモラスに、捉われることなく、感動的に、創造的に、堂々と、官能的に。

そして、もちろん、頻繁に。



質問者:わくわくしてきました。どこから始めればいいでしょう?何から始めればいいですか?


どうしてこんなことになったかを振り返るにあたって、まず、あなたがたの社会が組みかえられた時代へ戻ろう。人間が支配的な種となり、感情をあからさまにするのはまずい、場合によっては感情を抱くことすらよくないと決めたときだ。


質問者:「社会が組みかえられた」とは、どういうことですか?何の話をしてらっしゃるんですか?


歴史の初期には、地球は母系社会だった。それから変化が起こって、父系社会が生まれた。この変化が起こったとき、あなたがたは感情を表現しなくなった。そんなことは「弱々しい」ことだとレッテルを貼った。この時代に、男性は悪魔をつくり、神は男性だと決めた。


質問者:男が悪魔をつくったんですか?


そうだ。悪魔は基本的に男性の発明だ。最後には社会全体がそれに従ったが、感情に背を向けたのも、「邪悪な者」の発明も、すべて母系社会と女性が感情によってすべてを支配していた時代への男性の反乱の一環だ。そのころは統治者の地位も、宗教的な権力者の地位もすべて女性が握っていた。


質問者:じゃ、男性にはどんな力があったんですか?


何もない。男性は自分の存在を正当化しなければならなかった。なにしろ、女性の卵子を受精させる力と、重いものを動かす力以外には、殆ど重要性がなかったからね。まあ、働きアリか働き蜂のようなものだった。肉体労働をし、子どもたちが生まれ、守られるようにしていたのだ。

社会の構造の中で、男性がもう少し大きな場所を得るのに数百年かかった。氏族の行事に参加し、コミュニティの決定に発言したり、一票を投じたりするまでに、さらに数世紀かかった。男性にはそういうことが理解できるほどの知性はないと、女性たちに思われていたんだよ。



質問者:おやおや、ジェンダーの違いだけを理由に、ある階層の人びと全員に投票を禁じる社会があるなんて、想像しにくいですねえ。


あなたのユーモアのセンスはたいしたものだねえ。全く。で、先を続けよう。

数世紀過ぎて、やっと投票するチャンスを得た男性たちは、次に指導的地位を獲得したいと考えるようになった。他の影響力や力のある地位への道も、男性たちには閉ざされていた。



質問者:男性がついに権威ある地位を獲得したとき、子どもをつくるだけの、事実上、奴隷の様な地位からやっと抜け出したとき、彼らは立派にも女性と立場を逆転させたりせず、ジェンダーの別なくすべての人間にふさわしい敬意と力と影響力を女性に認めた、というわけですね。


ほらほら、またユーモア精神を発揮したな。


質問者:すみません。別の星の話だったかな?


さっきの話に戻ろうか。だが、「邪悪な者」の発明を取り上げる前に、力について少々、話そうか。なにしろ悪魔の発明では、要するに力が問題なのだから。


質問者:つまり、いまの社会では男性が権力ある地位をすべて握っているとおっしゃりたい、そうでしょう?機先を制するようですが、どうしてそうなったか、言わせていただけますか。母系社会では男性は女王蜂に従える働き蜂みたいなものだった、とおっしゃいました。肉体労働をし、子どもが生まれて、守られるようにしていた、と。それじゃ、言いたいですね。「どこが変わったのか?いまだって、同じじゃないか!」って。たいして変わっちゃいないさ、と言う男性はすごく多いと思いますよ。ただ、男性は、「割の合わない役割」を担い続ける代償を獲得しただけです。つまり、もっと権力をもつようになった。


もっとというより、殆どの権力だね。


質問者:しかし、皮肉ですよね。どちらのジェンダーも、自分の方が割の合わない仕事をし、相手は面白おかしく暮らしていると思っているんです。男性は、権力の一部を取り戻そうとする女性を恨んでいる。社会のためにこれだけ尽くしているのだから、権力ぐらい握らせてもらわないでどうする、と考えているんです。女性の方は、権力を独り占めにしている男性を恨み、社会のためにこれだけ尽くしているのに、このまま無力でいるなんて冗談じゃない、と考えている。で、話は戻りますが、最初は男性に対して女性が力をもっていたんですね。男性は、部族の女性指導者から力をもぎ取るために、悪魔を発明したんですか?


そうだ。彼らは不安を利用した。不安が唯一の道具(ツール)だったから。


質問者:男性は、いまでもそうですよ。ときには、理性に訴える前に、不安を利用する。特に、身長の大きい男、強い男はそうです(大きな国家、強い国家も同じですね)。男は根っからそういうものだ、という感じさえします。細胞がそうなんじゃないかって。力は正義なり。強者は権力者なり。


そうだね。母系社会がくつがえされてから、ずっとそうだ。これから話す短い歴史で説明しようか。


質問者:ええ、どうぞ続けてください。お願いします。


母系社会の時代、男性が支配力を獲得するために必要だったのは、もっと力を与えろと女性を説得することではなくて、他の男性たちを説得することだった。

要するに、穏やかな暮らしが続いていたし、肉体労働をして役に立つところを見せ、それからセックスをする日々は、男性たちにとってもそう悪いものではなかった。もっとつまらない時間の過ごし方だってあるからね。だから、力のない男性たちが、力を獲得しようと他の力のない男性たちを説得するのは、容易ではなかった。ただし、不安を発見するまでは。

女性たちは不安を計算に入れていなかった。この不安は、疑惑の種を蒔くことから始まった。一番不満の大きかった男性が蒔いた種だ。だいたいは、一番「モテない」男性だね。腕力も魅力もなくて、女性たちに相手にされない男だ。



質問者:だから、彼らの不満は性的な欲求不満に根ざす怒りだろうと軽視されたんでしょう。


その通り。これら不満分子は、もっている唯一の道具を使うしかなかった。だから、疑惑の種を蒔いて、不安を助長しようとした。もし、女性達が間違っていたら、どうする?そう彼は尋ねた。世界を動かす彼女たちのやり方が最善ではなかったとしたら?それどころか、世界全体を、種族全体を、破滅に導こうとしているとしたら?

多くの男性たちは、そんなことを想像もしなかった。だって、女性たちは女神の直系ではないか?女性たちは女神の肉体的なレプリカではないか?女神は善ではないか?

この教えは極めて強力で、隅々まで行き届いていたから、男性たちは邪悪な者、悪魔を発明して、母系社会で想像され崇められていた、偉大なる母の限りない善に対抗しなければならなかった。



質問者:しかし、「邪悪な者」がいるなんて、どうやって説得したんでしょう?


社会全体が理解していたことがひとつあった。「腐ったリンゴ」という理屈だ。女性たちでさえ、どうしても「ワル」になる子どもがいるのを経験上、知っていた。手がつけられないのは、特に男の子に多いことも、周知の事実だった。そこで、神話が創り出された。

ある日、と神話は展開した。偉大なる母、女神のなかの女神が子どもを産んだが、その子は良い子ではなった。偉大なる母が何をしようと、子どもは良くはならない。ついに、息子は母と玉座を失うまでになった。いくら愛情溢れる寛容な母であっても、これは赦せない。少年は永久追放となった。ところが彼は巧みに姿かたちを変え、衣装を変えて現れ続け、ときには偉大なる母になりすました。

この神話を聞いて、男性たちは尋ねた。「では、われわらが崇めている女神が本物の女神だと、どうしてわかるのだろう?不肖の息子が成長して、わたしたちを騙そうとしているのかもしれないではないか」。この仕掛けで、男性たちは他の男性たちを不安がらせ、次に、女性達が真面目に取り合ってくれないと怒りをかきたて、反乱を起こさせた。

いま、あなたがたが悪魔と呼ぶ存在は、こうして創られた。「悪い子ども」の神話を創り、そういう者がいるかもしれないと女性たちに納得させることは、困難ではなかった。また、悪い子どもが男の子だと言えば、みんな、そうだろうとうなずいた。男性は劣ったジェンダーだ、そうではないか?

この仕掛けで、神話上の問題がでっち上げられた。「悪い子」が男の子で、「邪悪な者」が男性なら、彼を力で抑えられるのは誰か。男性たちは狡猾にも語った。智恵や洞察、明晰さや思いやり、計画や思考なら、もちろん女性の方が勝っている。しかし、荒々しい力が必要なら、男性の出番ではないか?

それまでの女神の神話のなかでは、男性は単なる配偶者だった。女性の連れ合いで、従者として従え、壮絶な女神をことほぐ肉欲の祝祭のなかで、旺盛な欲望を満たしていた。ところが、男性は女神を守って、敵を討ち負かすことになった。変化は一夜にして起こったのではなく、何年もかかった。徐々に、本当に徐々に、社会は男性配偶者を霊的な神話のなかの保護者としてみるようになった。なにしろ、女神を守らなければならない敵がいるというのだから、当然、女神を守る保護者も必要だ。

保護者である男性から、平等なパートナーをして女神と並び立つ男性までの距離は、そう遠くなかった。男性の神が創造され、しばらくすると、神と女神がともに神話の主人公になった。

それから、これもまた徐々に、女神よりも神の役割の方が大きくなった。保護と力の必要性が、知恵と愛の必要性にとってかわった。神話には、新しい種類の愛が生まれた。

荒々しい力で保護する愛だ。だが、それはまた保護する対象を切望する愛でもあった。そして、女神に嫉妬した。単に女神の女性的な欲望に従えるだけではなくて、女神のために闘って死んだ。女神のなかに、巨大な力をもつ神々、形容し難いほど美しい女神をめぐって争い、戦う神が出現し始めた。



質問者:うわあ、すごいですねえ。


待ちなさい。そろそろ終わりだが、まだ少し話さなければならいことがある。

神々の嫉妬が女神だけでなく、生きとし生けるものすべてに拡大するのに時間はかからなかった。ひとは神を、嫉妬深く要求がましい神を愛した方がいい。それも、この神だけを愛するべきだ。さもないと!男性は最も力の強い種族で、神々は最も力の強い男性だったから、反論する余地は殆どないように見えた。神々に反抗し、敗れた者たちの物語りができ始めた。神々の怒りが生まれた。

まもなく、神性についての考え方が一変した。すべての愛の源である存在から、すべての不安と恐れの源である存在になった。愛のモデルはだいたいが女性的だった。母親が子どもに抱く限りなく寛容な愛から、あまり賢くないが役に立つ男性に対して女性が抱く愛まで。これが、不寛容で要求がましい神が抱く、嫉妬深く怒りっぽい愛に取って代わられた。劣る者に容赦なく、いい加減な者を許さず、どんな犯行も見逃さない神だ。

限りない愛を経験し、穏やかに自然の法則に従う楽しげな女神の微笑が、あまり楽しくはない神の厳しい面差しに取って代わられた。自然の法則すら凌駕すると宣言し、どこまでいっても愛に制約を加える神だ。

これが、現在あなたがたが崇める神であり、こうしていまのような事態になったのだ。



質問者:驚きました。すごく面白いし、意外な話です。でも、なぜそんなことを教えてくださるんですか。


すべて、あなたが創り出したのだと知っておいた方がいい。「力は正義なり」という考え方、「力ある物が強者だ」という考え方は、男性が創り出した神話のなかで生まれたものなのだよ。

怒りっぽく嫉妬深い神は、想像上の産物だ。だが、あまり長く想像し続けたので、実体をもち始めた。現在でも、あなたがたの一部はそれが真実だと思っている。しかし、それは究極の真実とは何の関係もないし、いま本当に起こっていることとも無関係だ。




「神との対話」の著者、ニール・ドナルド・ウォルシュは、PK-PNの友達の『ミント』と繋がっているそうです」

と、ノンモさん。


『ミント』! 可愛い名前ですね~(笑)


「『ミント』と言ってますけど、ブレスミントのミントではないし、発音もミントじゃないんですけど、見たことのないカタカムナ文字のようなものを見せられて、それがミントと読むんだと教えられているような感じで・・・『ミント』は、PK-PNと同じレベルの意識体だそうですよ」

カタカムナ
 ▲ カタカムナ文字


「八多さんが抜粋した『神との対話』をざっと読ませていただいたんですが、根本的に正しいと思いますが、一点を除いて・・・。それ以外は大体『ミント』の言っていることは正しいようです」


と、PK-PNの指摘するその一点とは!


長くなるので、次回に続きます。

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